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難易度とその人が持つスキル

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     荷に勝ちすぎる仕事を受ける時があります。

    そんな時は、自分の能力を向上させるための勉強をしたり、誰かからの協力を得てことを形にします。

    しかしどうしてもできないときには、ストレスに感じない程度に「難易度を」下げてあげることが必要です。

    難しすぎるとストレスが増し、簡単すぎると飽きてしまう・・

    自分のことを客観的に見ることのできる人は、きっと・・そお、バランスが上手にできているのでしょう。

    しかしながら、人間は、できないことをその微妙なさじ加減で、すきを見つけて向上するように志向していなければなりません。



    直感

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       自分ができるようになったことを、今度は人に教える。

      何千通りの組み合わせの中から1つを直感で導き出せるその能力を、ひも解いて、理論的になぜそれを用いたのかを教えることは、その背景となっている経験によるところのものを説明しなくてはなりません。

      これを相手に伝えるには忍耐力が必要です。忍耐も能力であることを知る今日この頃です。

      世にはたくさん、その能力を持った人が多いものです。

      『貢献的生』の意味するもの

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         とかく、自分たちの置かれた立場や、合理的な考え方に慣れてしまった頭脳では、危険を冒すことをせず、失敗することを恐れる心が生じてきます。

        総じて景気の良かった時代は「目標」を立て、がむしゃらにその達成に向けて働いていたということも非常に多かったのではないかと思います。

        私は、どんな人であれ、現在生きている姿そのままの振る舞いの中にこそ生存する価値や意義を見出し、知ることが、満足な人生を全うしていく上での「ツボ」のように思えてなりません。

        そして、それは貢献的生へとつながっている必要があると考えます。

        このことを踏まえた上での価値的な「目標」をその振る舞いを通して示していく生き方が、そのまま、今日における「リーダー」としての最も必要とされる資質であると考えます。

        私は、この貢献的生を生れてきた目的として捉えています。そして私の振る舞いを通じて少し危険と思えることや、困難と思えること、失敗するのではないかetc.etcと思えることに取り組みながら、これからの人生を成長し続けながら、後輩の育成に力を傾注していこうと思っています。

        合理的な考えの中には多くの消極性をもたらす場合があります。しかし、自身の中に無限の可能性を秘めていることを知り、不可能が可能になることを信じきることができれば、偉大な作用が起こり、それが何度も繰り返されれば、そしてそれが他人の上にも起こることがあれば、それは否定できえない法則となっていくと思います。

        合理的な考えとは、人間の持つ智慧から見れば、極めて小さなものであることがわかるでしょう。


        http://pv21.net

        大きなうねりの中で・・

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           今年・・特に5月頃から、日々の営みの中で「あれ?」と思うことがたくさん起きています。

          それは、大きなうねりのような何か大きな力です。

          少し、怖いくらいなエネルギーを感じます。そんな中で自分は翻弄されないように舵とりをしながら抗している船、つまずきそうになりながら足場を確認しながら、そして、追い風で失速しそうになりながら、追い風よりも速いスピードで飛ぶ飛行機のように。

          そんな感じを受けています。

          まさか・・と思うようなことが次々に起きたり、未知ではあるけれどもそのことに着手しなくてはならない衝動と、それを促すかのような様々な不思議な予兆・・そして出来事・・

          抽象的ですが、

          そのことがそのようになると信じれる自分がここにいます。

          わくわくすることを通り過ぎて、真剣に挑む自分の姿がここにあります。

          これが、自分らしさなのだと感じます。麻雀の役満をてんぱっているような、20ftの波に挑もうとする戦慄のような、

          私は、今仲良くなってきた人たちととても可能性に富んだことにチャレンジをしています。

          今日も、一見、禍に思えたことが、かえって「この為にそうであったのか・・」ということが起こりました。

          今日も私は、熱心に仕事をすることができました。

          抽象的ですが、

          言葉ではうまく表現のできないようなことを感じています。

          そして、このように感じさせてくれるすべての人たちや、その時期、出来事・・ありとあらゆるものに畏敬の念と感動と、感激と、感謝の念を禁じえません。

          このことのために、今まであらゆる経験をしてきたのか・・そう理解をせざるを得ないのです。

          抽象的ですが、

          ある振幅を保ちながら方向が定まっています。確かに自分は、そこに向かっていると

          きっと、誰にでもそういう時が間違いなく来ている、あるいは来ると思います。


          やりたいこと、やりたくないし苦手なこと・・・

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             情熱を注いでできることがあります。

            それはその人にとって「やりたいこと」・・ですね。

            たとえば、

            経理などの事務の仕事に情熱をもって取り組める人がいて、
            営業が大好きだ・・という人がいて
            そして、肉体労働に情熱が注げる人が集まって一つのチームになったらどうでしょうか。

            きっとそのチームは良い成果を上げるでしょう。

            しかし、現実は、一人がいくつものやりたいこと、やりたくないことを兼任しなくてはならないことも多いですよね。

            そのことを察して、組み合わせを考えて円滑な運営をさせていくのが、経営者であったり、幹部だったりします。

            しかし現実は、業績を上げるために手当たり次第目標を「白状」させて自分が早く安心したい経営者がいたり、幹部がいたりします。

            思うに、すでにその人たちは、そのポジションには適さない人たちです。

            高度成長期にはそのやり方で通用したことも、今日では通用しないことも多いものです。

            今、こういったことを教えてもらっています。

            リーダーはビジョンを持たなくてはなりません。

            それは大きくて、人のためにも、自分のためにもわくわくするようなものでなくてはなりません。



            信じる力

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              タイトルの「信じる力」とだけ書いたのち、寝てしまいました。

              内容的にはかなり深く考えたことでしたが、何を言いたかったのか・・忘れてしまいました。





















              今日は秦野から相模原に向かう道を、246経由ではなくて、ヤビツ峠をぬけてきました。

              そういえば、私の知り合いは自転車で時々この道を走っているってfbに書いていたことがあったな〜なんて思いながら車を運転しましたが、

              途中で、えっ?ここを自転車で?マジで??? 

              結構急な坂です。

              道路も広くはないし・・




              でもバスも山から「出てきた〜・・」
              という感じで対向車線から来ましたし・・

              バス停らしいものもなかったけど、どこからきてどこへ行くバスなのか・・

              山からの景色は言葉ではうまく説明できないな〜などと考え、写真を撮りました。

              休憩場みたいなところがあり立ち寄りました。

              夕方ということもあり止まっている車は少しでしたが、

              駐車場には、たばこの吸い殻がたくさん落ちていました。

              車を止めてきれいで壮大な景色を見ながら、車の灰皿を車に乗ったまま駐車場に捨てた後のようでした。

              目の前でそれを見ていたらきっと私は、その者に掃除をするように注意をしていたと思います。

              私は環境を良くするための仕事をしているので、なおさら憤りはあります。

              これは、自分さえ良ければなんでもいいんだ・・という考えが潜在意識の中にあるからです。

              潜在意識の中に「共生」とか「利他」というものを植え付けなければ、人間はいつでも
              自分勝手なままです。







              太陽光発電の仕事を通してやっていきたいこと

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                 原発の事故以来、電気の需要と供給・・供給が追いつかない訳です。

                けしからんと怒ってみたところで、じゃあどうすればいいのでしょうか?

                夏は暑いです。だからエアコンを使って涼むのですけれど、電気で動かすわけですよね。

                冷蔵庫は常にものを冷やしておかなければならないから、少なくても電気が切れると困ります。

                で、もともと、地球環境が大きく変化し、生態系や人体にも・・様々なところでの問題が出てきました。

                もっとさかのぼると、産業の発達に伴った公害問題、これらは局所的な問題でもありましたが、
                排気ガスによる光化学スモッグ、酸性雨、

                新しいところで、オゾン層の破壊により、強い紫外線が・・というようなことがありました。

                研究者は、CO2の増加により大気のバランスが崩れ、気候の大きな変動を伴いながら、地球規模での危機を訴え始めました。


                そんな中で、とりわけ先進国が、CO2をたくさん排出しているので、それを減らしましょう・・そう約束をしました。

                そこでクリーンなエネルギーだとか低炭素社会だとか、再生可能エネルギーだとかいいはじめたのです。

                その中には、地熱発電、水力、風力、太陽光発電などがあるのですが。

                持家であれ、賃貸であれ、電気はきているのですが、あるものをそのまま使用し、請求された金額を支払う・・それが当り前だと思っているわけですが、

                こういった環境問題に少なくとも関心を持ち、何かで納得しつつ、環境の為に貢献していきたいと思っている方も少なくありません。

                そこで、個人、あるいは各家庭で実践出来、なお速効性を発揮できるものは、太陽光発電や、家庭に設置する蓄電池・・ということになります。
                この背景を追い風として、金を稼ぐ手段として参入してくる業者も増えてきています。

                もちろん今は普及させて行くことを第一としなくてはならない時期なのですが、参入してくる方々がどんな考えを持って売り歩いているのか・・そのやり方はあとで信頼関係を損ねてしまうのではないか・・あるいは、言葉を巧みに取りいって、人をだます業者もマスコミで取り上げられていたりします。

                私は、そんな人はいけないと思います。

                「歌」って

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                   ある新聞に出ておりました。

                  歌についてです。

                  「空に向かって歌えば祈りとなり

                  人に向かって歌えば心を伝える・・」  と

                  芸術の秋ですね・・



                  高齢化社会・・

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                    老後の資金を確保することは大事だ、資金だけで大丈夫だろうか?
                    否、それだけではダメだ。

                    高齢化社会は、社会での経済活動を終えた人たちが、その後も何かに好奇心を持ち、創造し続ける「心の備え」が大事だろう。

                    尊敬できる高齢者とは、学んでいるかどうか・・この一点に評価は尽きる。

                    人生60年・・と言われた時代は終わり、いまは、80、90、100歳を超えて元気に生きるひとが多い。

                    全く新しい人種となったと、ある学者は言っている。

                    好奇心が薄れ、ものを創造的にとらえられない、高齢者ではないものも多いというのに、

                    それが、「現役引退」となった時に、学ぶ準備が間に合うのかどうか疑問を持つ。

                    学び続ける高齢者が、若い者から・・「ああいう人生になりたい・・」といわれ、尊敬される高齢化社会を作っていかなければいけない。

                    そのために、まだ高齢者でないものは、その時の到来を念頭に置き、そのことを思索する時間も時には持たなくてはならないだろう。

                    それが、ひいては、人生とはなにか・・なるものへの、その人なりの答えを見つけるための旅立ちとなり、満足がおける生き方への橋渡しになっていくのだろう。

                    face book・・すごい!!

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                       facebookで名前を入力したら、ドイツの友人を探し出せました。そのうち返事が来るでしょう。

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